
マスコミでも院内感染の話題がしばしば取り上げられ、社会的なテーマとなっています。
人と動物での感染症および原因菌は全く同一ではありませんが、主要な感染症では概ね共通しています。
耐性菌は獣医療においても深刻な影響を及ぼします。
耐性菌の存在を知ること、あるいは耐性菌を疑うこと、は抗生剤と治療選択の可能性を広げます。
細菌感染は家庭内でも外でも病院でも発生します。とりわけ病院は、多種類の抗生剤を使用し、しかも抵抗力の弱った患者(動物)が多いことから、薬剤耐性菌が蔓延する危険性が高くなります。細菌は患者(動物)と医療従事者間で接触しながら広がります。耐性菌が院内で蔓延した状態が院内感染症として問題視されます。
院内感染は医療現場ではいつでも起こりえる事態で、その対策は極めて重要です。
無用な感染症を広げないために、治療環境の整備と医療者自身の手洗い消毒などの励行が必要です。
また、菌を耐性化させないために、あるいは耐性菌を早期に発見して治療できるように、適時の細菌培養と適切な抗生剤選択が必要です。実際には経験から抗生剤を選択することもありますが、根拠なく漫然と使用することは避けるべきです。
抗生剤使用で感染が治らない時は、耐性菌の存在を考慮し、培養検査を実施します。
抗生剤が無効な耐性菌による全身感染症(肺炎や敗血症など)は致死的になります。
また、耐性菌に効果的な抗生剤はあっても、病院がその薬剤を揃えているとは限りません。院内感染のリスクを無視する病院では万一耐性菌が出たら治療は不可能です。
あるいは耐性菌が出現してから考えるといっても、予備知識や使用方法を知らなければ効果的に投与できません。
抗生剤は決して万能薬ではありません。抗生剤を投与すれば感染症が解決できるという安易な考え方は危険です。
注釈)細菌に対する薬剤効果は、培養による感受性検査で評価します。その基準はNCCLSで示されています。
(National Committee for Clinical Laboratory Standards)
(現CLSI;clinical and laboratory standard institute)
また、厚生労働省では2000年10月より「院内感染対策サーベイランス事業」を開始し、情報の収集、分析、還元を行っています。国立感染症研究所感染症情報センター(JANIS)
問題とされる代表的な耐性菌
A).ブドウ球菌属(Genus Staphylococus)
ブドウ球菌は皮膚などに常在するグラム陽性球菌です。(グラム染色に染まる球形の細菌。GPC;gram positive cocci)
ブドウ球菌は、コアグラーゼ陽性(coagulase positive)の黄色ブドウ球菌と、コアグラーゼ陰性の表皮ブドウ球菌に大別されます。
ブドウ球菌は強毒菌で感染巣の壊死や膿瘍の、さらには全身散布病巣を作りやすい性質があります。ペニシリン系やセフェム系抗生剤の多用により、ブドウ球菌は薬剤に抵抗性の構造遺伝子(mec遺伝子)を持つようになり耐性化します。
A-1) MRSA (メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)
(Methicilline-resistant Staphylococcus Aureus)
1980年代より世界的に出現し、現在もっとも頻度の高い耐性菌で社会問題になっています。
ブドウ球菌感染は毒性が強く、MRSAの病原性は一般のブドウ球菌MSSA(メチシリン感受性ブドウ球菌)(Methicilline-sensitive Staphylococcus Aureus)と同じで、肺炎、敗血症、創感染症などを引き起こし重篤化します。ブドウ球菌は特有の毒素(toxic shock syndrome toxin-1;TTS-1)を有し、ショック状態を容易に起こします。
MRSAに対しては、たとえ感受性があってもβ-ラクタム剤は使用できません。使用によって容易に高度耐性化し、早晩無効になるからです。
A-2) MRSE (メチシリン耐性表皮ブドウ球菌)
(Methicilline-resistant Staphylococcus epidermidis)
毒性はMRSAよりも少ないのですが、カテーテルなどの異物時の院内感染として重要です。
MRSAとMRSE対策:
ブドウ球菌は接触によって感染するため接触予防策(contact precaution)が大切です。最も重要なのは手洗いで、1処置1手洗いが基本です。流水や石けん手洗いよりはアルコールを用いた手洗いがもっとも有効とされます。
耐性ブドウ球菌に効果のある(感受性のある)抗生物質は、
グリコペプタイド系のバンコマイシン(VCM;vancomycin),テイコプラニン(TEIC;teicoplanin)、あるいは
アミノ配糖体のアルベカシン(ABK;arbekacin)などがあります。
B).腸球菌属(Genus Enterococcus)
腸球菌はグラム陽性の連鎖球菌で常在菌です。病原性は強くありません。腸球菌属は16種類ですが、臨床上頻度の多い腸球菌のタイプは、Enterococcus faecalis,E.faecium,E.Avium,E.casseliflavus,E.gallinarumなどがあります。
・VRE (バンコマイシン耐性腸球菌 )
(Vancomycin resistent Enterococci)
MRSA感染症に対するバンコマイシン頻用の結果、1990年代から上記VREが出現してきました。頻度的に多いのはEnterococcus faecalisとE.faeciumがあります。
バンコマイシンに対する最小発育阻止濃度(Minimum inhibitory concentration:MIC)が16μg/ml以上の場合、耐性化と判断されます。
対策:腸球菌も接触感染であり、乾燥環境表面では7日〜4ヶ月間生存可能です。また医療従事者の汚染された手では最長60分間培養可能です。従ってMRSAと同様に厳格な手洗いと隔離対策が必要です。なお、VREはVCMには耐性ですが、現時点ではテイコプラニン(TEIC;teicoplanin)には感受性があります。
C). 肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)
肺炎球菌はグラム陽性双球菌で毒性は比較的強力です。
・PRSP (ペニシリン耐性肺炎球菌)
(penicillin-resistent Streptococcus pneumoniae)
PRSPは形質転換(transformation)というメカニズムで耐性化します。すなわち、常在菌の連鎖球菌などのDNAを肺炎球菌が細胞内に取り込み、菌にとって好都合の部分だけを自己DNAと相互組み替えして耐性能力を獲得します。
それまで効果のあったペニシリン系、セフェム系抗生剤を使用し続けると、感受性のある肺炎球菌のみが死滅し、PRSPのみが繁殖して重症化します。
対策:
PRSPには、その他の感受性のある抗生剤があるので、適切な抗生剤変更で除菌可能です。
(注射;セフォタキシム、セフトリアキソン、カルバペネム、バンコマイシン。経口;レボフロキサシン、アモキシシリン大量)
最も重要な点は、PRSPという耐性菌の存在を知っておくことです。
補足)
肺炎球菌は、ペニシリンGに対するMICに応じて以下のように分類されます。
・PSSP(penicillin-sensitive) MIC 0.06μg/ml以下
・PRIP (penicillin-intermediate) MIC 0.125〜1μg/m
・PRSP (penicillin-resistent) MIC 2μg/ml以上
D).BLNAR (β−ラクタマーゼ非産性ペニシリン耐性インフルエンザ菌)
(β−lactamase-negative penicillin resitent Hamophillus inhuluenza)
BLNARの耐性獲得はPRSPと同じ形質転換です。
インフルエンザ菌は、ペニシリナーゼ産性タイプと、L型(細胞壁がない状態で生存するため細胞壁合成阻害剤無効)がありますが、近年はペニシリナーゼ産性タイプが増加しています。
対策:
PRSP同様で感受性を持つ抗生剤への変更で対処が可能です。
BLNARの存在を知っておくことが重要です。
E).グラム陰性桿(かん)菌
E-1) ESBL 基質拡張型産性菌
(Extended spectrum β lactamases)
セフェム系抗生剤の中には、βラクタム環という構造を有するものがあります。βラクタム環は細菌細胞特有の細胞壁の生合成を抑制して細菌を殺す効果があります。
しかし、一部の細菌はβラクタム環を分解するβ-ラクタマーゼという加水分解酵素を放出して抗生剤の効力を消滅させます。
最近はESBL産性の肺炎桿菌(Klebisiella spp)や大腸菌(Escherichia coli)が問題視されています。
E-2) メタロβ−ラクタマーゼ産性菌
【特に、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、セラチア(Serratia marcescens)】
メタロβ−ラクタマーゼは緑膿菌やセラチアまたはブドウ糖非発酵菌が産性する薬剤分解酵素で、その酵素活性に亜鉛などの金属イオンが必要でありこのように呼ばれています。
(なおペニシリナーゼやセファロスポリナーゼはセリンβ−ラクタマーゼです)
メタロβ−ラクタマーゼは現在もっとも強力な抗生剤であるカルバペネム薬を加水分解し、耐性化させます。さらにこれらの菌は同時にβ−ラクタム剤にも耐性を示し、臨床的には危険な菌です。
なお現在のカルバペネム薬は以下があります。
イミペネム(IPM/CS:imipenem/cilastin)
パニペネム(PAPM/BP:panipenem/betamipron)
メロペネム(MEPM:meropenem)
ビアペネム(BIPM:biapenem)
対策:ESBLとメタロβ−ラクタマーゼ産性菌も接触感染であり、MRSAと同様の対策が必要です。
E-3). MDRP (多剤耐性緑膿菌)
(multidrug resistent Pseudomonas aeruginosa)
緑膿菌はブドウ糖非発酵のグラム陰性桿菌で、自然界の水のある環境ではどこでも発育します。
本来緑膿菌の病原性は弱く、病気のために感染になりやすい状態で感染症を引き起こす日和見(ひよりみ)感染(opportunistic infection)とされます。
多剤耐性のメカニズムは、遺伝子性のセファロスポリナーゼ産性、プラスミド性のメタロβ−ラクタマーゼ産性、アミノ配糖体不活化酵素、ニューキノロン作用点の変化、外膜の透過性の変化、薬剤排出システムの活性化など多数あります。
MDRPは頻度的には稀ですが、最近増加傾向にあり注意が必要です。
2006年10月新聞記事では東京医科大学病院で耐性緑膿菌肺炎により4人の患者が亡くなっています。参考記事
またこれまでにも複数の件で同様の院内感染により死亡例が出ています。
以下3点をすべて満たすと耐性化とされます。
1.Ciprofroxacin(シプロフロキサシン、CPFX)のMIC 4μg/ml以上
または感受性ディスク阻止円の直径15mm以下
2.Imipenem(イミペネム、IPM) のMIC 16μg/ml以上
または感受性ディスク阻止円の直径13mm以下
3.Amikacin(アミカシン、AMK) のMIC32μg/ml以上
または感受性ディスク阻止円の直径14mm以下
対策:緑膿菌も接触感染でMRSAと同様の対策が必要です。
特に水の存在下で繁殖するため床や壁などを乾燥させることが必要です。
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感染症は、細菌と患者(動物)との永遠の闘いです。治療者は抗生剤という武器を備えて細菌を制御する役目を課せられています。
臨床症状から感染症を疑った場合は、グラム染色検査や培養提出によって細菌を決定し、最も効果的な抗生剤を使用するという合理的な治療が必要です。そして即座に培養検査をオーダーするためには、常日頃から意識して習慣化しておくことが肝要です。
参考リンク
1.MRSAおよびMRSA院内感染とは?
(製作・著作:特定非営利活動法人バイオクリーン・ラボ)
2.ペニシリン
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
主なペニシリン系抗生剤一覧があります。
3.Β-ラクタム系抗生物質
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
4.セファロスポリン(セフェム系抗生物質)
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
主なセフェム系抗生剤一覧があります。
5.MRSAとMRSEの違いは
(臨床微生物迅速診断研究会JARMAM)
(http://www.jarmam.gr.jp/)
6.グラム染色
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
7.動物の薬ホームページ
抗生物質
8.平成15年度家畜由来細菌の抗菌性物質感受性実態調査(農水省)
9.抗菌剤耐性:概論( 農水省)
10. OIE抗菌剤耐性ガイドライン
11.IDWR: 感染症の話 多剤耐性緑膿菌(国立感染症研究所)
12.アボット感染症アワー(11月17日 多剤耐性緑膿菌感染症)
(7月29日 市中感染型MRSAの蔓延)
(手洗い)
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